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『猫を抱いて象と泳ぐ』

『猫を抱いて象と泳ぐ』
小川 洋子

ndzo

第199回は、タイトルからはちょっと内容が想像しにくいですが「チェス」を題材にした小川洋子先生の傑作をご紹介します。
小川洋子先生の作品をご紹介するのは『博士の愛した数式』『凍りついた香り』『』に続いて4作品目です。
「静謐にして美しい」などと評されることの多い小川先生の作品群の中でも、おそらく最高傑作の1つに挙げられる作品でしょう。
アザラシは読んでいて、ふと気付いたら涙を流していることが何度もありました。


簡単なあらすじ
大きくなりすぎたために、デパートの屋上で一生を終えた象のインディラ。
その臨終の地でインディラに思いを馳せていた少年は、その後様々な偶然を経て「マスター」と出会います。
「マスター」にチェスを教わった少年は、次第にリトル・アヒョーリンとして頭角を現していきます。
64升の盤面の上に無限の可能性を見いだす彼は「盤下の詩人」として奇跡のような棋譜を生み出していくのですが……。



チェスの話をしましょう。
チェスは、古くから伝わるボードゲームの1つです。
縦横8升ずつある正方形の盤の上で6種類の動かし方をする駒を並べ、先攻と後攻で一手ずつ動かしながらお互いの「キング」を取り合うゲームです。
非常に有名なゲームなので、知っているあるいは遊んだことがあるという方も多いでしょう。
もしもチェスのルールを知らなかったとしても、駒の動かし方も含めてシンプルなルールなので、きっとすぐに概要は理解できると思います。


チェスのルール自体はとてもシンプルなので、どんな名人が相手でも勝てるコンピューターを作ることは可能です。
現に、1997年にはチェス専用のスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピョンを打ち負かしたとニュースになりました。
コンピューターのプログラムが人間を越えてから20年が経った現在では「スマートフォンにインストールできるようなプログラムに対してもチェスのトッププレイヤーは勝利できない」とすらいわれています。
(出典:GIGAZINE
少なくともチェスの勝敗という点において、コンピューターは人間に勝ったのです。


しかし、勝敗だけがチェスの全てなのでしょうか?
人間同士が盤を挟んで向き合い、一手一手を交互に重ねることに意味はないのでしょうか?
一人の人間が悩み抜き、時には慎重に、ある時には大胆に繰り出すその一手に「ただ駒を動かした」以上の意味があるとしたら、それは何でしょう?
そこにこそ人間が人間たる存在の根源があるはずです。
だからこそ、チェスはただのゲームではなく、スポーツであり、芸術であり、哲学であると言われるのです。
かくして、チェスは文学があつかう壮大なテーマの1つとなり得るのでした。


そんなわけでおそらく、チェスを扱った文学作品は沢山あるのでしょう。
それでもアザラシは本作を一番に推薦します。
数学者や調香師の世界を唯一無二の表現で文学の形にした小川先生は、本作でもチェスの世界を文学で見事に表現しています。
無限に広がる宇宙とまで形容されるチェスの世界の深淵は、本来であれば一流のチェスプレイヤーにしか分からない世界だったのかも知れません。
小川先生はその世界に真っ向から挑み、誰もが触れることが出来る文学の形としてこの世に誕生させてくださいました。
もちろん、表現の美しさだけではありません。
繊細で純粋な美しさを持った登場人物たち、物語に登場する小道具の設定から、挿入されるエピソードの1つ1つ、そうして息をするのを忘れるほどのラスト。
その全てにおいて最高傑作と呼ぶにふさわしい一冊となっています。


これまでに小川先生の作品を読んだことがあり、かつその雰囲気が好きという方であれば間違いなくオススメです。
ただし、人前で読むことはオススメしません。
一人で過ごせる時に、じっくりじっくり味わいたい一冊です。

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コメント

非公開コメント

No title

なるほど。人前で読むと涙が出て恥ずかしい思いをしてしまう可能性があるのですね!(笑)
チェスの駒は芸術的なものもたくさんありますよね。
高校の頃はアリスの木彫りのチェスの駒が欲しくて欲しくてたまりませんでした。
でも結局チェスは覚えられず(今もルールがわかりません^^;)買えませんでした。
チェスに限らず、将棋・囲碁、ちょっとチャレンジしたものの、理解出来ずに終了・・・
こういうもので遊ぶ頭脳は持っていないようです(笑)

>デパートの屋上で一生を終えた象のインディラ

この象は本物の象なのかしら。象がチェストどんなふうに関係するのか気になります。

Re: No title

この本は、至る所で泣きました。
電車の中で読んでいて、本当に焦りましたよ。

僕は子供の頃にチェス の駒を並べて遊ぶのが好きでした。
一人で白も黒も動かして色々試してみたり、弟と遊んだりしたのを覚えているのですが、最近はめっきり遊ばなくなってしまいましたね。

デパートの屋上にいた象は、本物の象なのです。
象がなぜチェス と関係するのか、それはチェス の駒の1つビショップが象に起源を持つから、だそうです。
なぜ『猫を抱いて象と泳ぐ』なのか、ちょっと想像しにくいとは思うのですが、リトル・アリョーヒンがチェス の最中に見た幻想のイメージが関わっています。
このシーンがまた綺麗で……。
思い出しただけで泣きそうになります。