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『海』

『海』
小川 洋子

umio

第184回目の今回は、Twitterでご紹介いただいた、小川洋子先生の短編集であるこちらです。
日常から静かに浮かび上がる不思議な雰囲気。
その雰囲気を絶妙なバランスで成立させる文体に、ゆっくりと潜水していくような心地よさを満喫できる一冊です。


簡単なあらすじ
表題作である『海』をはじめとして、『風薫るウィーンの旅六日間』『バタフライ和文タイプ事務所』『銀色のかぎ針』『缶入りドロップ』『ひよこトラック』『ガイド』の七篇が収められた一冊。
表題作の『海』では、恋人の実家を訪れた青年が恋人の「小さい弟」と語り合うやりとりが描かれます。
架空の楽器「鳴鱗琴」の音色が聞こえてくるような短編です。
『ガイド』ではとある都市の観光ガイドの母を持つ少年が主人公。
あるとき母がガイドする観光ツアーに紛れることになり、少年はとある紳士と出会うのですが……。



小川洋子先生といえば、本ブログでも『博士の愛した数式』や『凍りついた香り』をご紹介してきました。
その静かで控えめなようでいて、実は確かな存在感を持った文体が魅力だと思っているアザラシとしては、本作もそんな文体が織りなす没入感を見事に堪能することができた一冊でした。
こればかりは、実際に読んでいただくのが一番だと思うのですが、以前にご紹介した長編の雰囲気が好き、という方であれば絶対にハマる一冊だと思います。
短い間で作品の世界を展開し、読者を強力に引き付ける見事な表現力に、きっと震えるはずです。


例えば、冒頭の『海』はまさにその没入感に浸っていくうちに作品のラストを迎え、簡単には表現できない読後の感覚を味わうことになる作品です。
作品の序盤では恋人の実家に行く、という現実的なシチュエーションから、家族、特に祖母との会話から少しずつ奇妙さが形になり始め、メインである「小さい弟」とのやり取りでその奇妙さと現実のバランスが完全に均衡した瞬間に迎えるラスト。
思わずため息をついてしまうほどに惚れ惚れとしてしまうのです。
冒頭で「潜水していくような心地よさ」と表現しましたが、だとすれば読後のこのため息はさながら「息継ぎ」のようなもの。
ただし、その「潜水」に息苦しさはなく、むしろいつまでも漂っていたくなるような不思議な感覚です。


この「奇妙さ」こそが本作をオススメする上では大切なキーワードです。
本作で登場する世界はいずれも現実の延長であるようにも感じますが、上述したようにふとした瞬間から不思議な雰囲気が立ち上がってくるのです。
この奇妙さが静かに出現して、違和感を伴わずに読者を取り込み、現実との境界が完全に曖昧になる瞬間の心地よさ。
『風薫るウィーンの旅六日間』での意外性だったり、『バタフライ和文タイプ事務所』の官能的な味付けだったりと、様々なバリエーションを伴いつつ、全編を通じてこの心地よさを満喫できるのではないでしょうか。


個人的に一番好きなのは『ガイド』です。
特別に大きな事件が起こるわけでもなく、日常の延長でしかなかったはずなのに、気づいた時には掛け替えのない一日になっていた、というような経験は誰にでもあるかもしれません。
本作で描かれるのもまさにそんな一日で、だからこそ読者の中にも確かなものを残すのです。
平和な日常から生まれる、かけがえのない輝き。
かなり漠然とした紹介になってしまいましたが、「なんだかうまく言葉にできないんだけど、すごく好きだよ」とご紹介したくなるような一冊です。
ええ、本当に好きなんです。


こうなってくると、小川洋子先生の他の作品も読んでみたくなりますね。
Twitterをやっていなければこの本にも出会わなかったわけで、本当に感謝ですね。
ご紹介、ありがとうございました。

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コメント

非公開コメント

No title

なんだかうまく言葉にできないってことあります!
なので、きっと素敵な本なのだろうと思います(笑)
水がモチーフなおはなしって好きなので、「海」も気になります。
借りてみようっと^^

七迦寧巴さん

コメントありがとうございます。
『海』の徐々に非現実らしさが浮かび上がってくる雰囲気、凄く良かったですよ。
確かに、上手く言葉にする事ができない「良さ」なのですが、その不思議な雰囲気こそを満喫したい一冊です。

是非、図書館で見つけたら手に取ってみてください。