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『ひとつむぎの手』

『ひとつむぎの手』
知念 実希人

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第121回の今回は、医療ミステリーが有名な知念 実希人先生のこちらです。
Twitterでもたびたび読了ツイートを見かけていたので、ずっと気になっていたのです。
実はアザラシ、知念先生の著作を読むのは本作が初めて、ということで大変期待して読ませていただきました。


簡単なあらすじ
大学病院の心臓外科で勤務する平良祐介は、ある日上司である赤石教授から3人の研修医を指導するよう命じられます。
この3人の研修医を見事心臓外科に引き込むことが出来れば、一流の心臓外科になるための道が開けるかもしれません。
それぞれ目的意識も異なる研修医達を指導しながら奮闘しているうちに、とある怪文書が出回ります。
祐介は無事に研修医達の心を攫むことが出来るのか、怪文書の謎を解くことは出来るのか、心臓外科というダイナミックな治療を行なう医療の現場を舞台に、物語は展開してゆきます。



物語が物語として魅力的であるためにはどうしたって盛り上がりが必要です。
スリリングな事件が起きたり、タイミングよくひらめいた機転でピンチをのりきったり、ちょうど良いところに思わぬ黒幕が潜んでいたり…。
ですが、現実世界ではそうそう都合良く色々なことは起こりません。
物語をよりドラマチックにしようと演出しすぎると、どうしてもリアルではない展開、有り体に言ってしまえばご都合主義的な展開になりかねません。
もちろん、それがリアルの現場を知らない世界の物語であればそこに違和感を感じずに楽しむことも出来るでしょう。
が、なまじ現場を知っている世界の物語であれば…、「いや、そうはならんやろ」と思わずツッコミをいれたくなってしまうのです。


その点、本作の展開は非常に巧いバランスでリアルさと盛り上がりが両立されていて、アザラシはぐいぐい引き込まれることになりました。
序盤はいかにもな典型的悪役タイプの上司と、それに翻弄される不器用な主人公、生意気に上を突き上げる後輩達という、良い意味でわかりやすい構図からスタートしつつ、徐々にそれぞれのキャラクターの内面が浮き彫りになっていきます。
この内面というのも非常にリアルで、かつその見せ方がドラマチックなのですねぇ。
医局制度、というのは様々な側面を持っているとアザラシは思っていますが、その負の側面を巧く利用しつつ、そこで翻弄される人間達の様々な思惑が物語の構成上非常に重要な要素になって、違和感のない医療ものとしての物語を見事に盛り上げるのです。
これこそ、医師でもある知念先生だからこそなせる技なのでしょう。


さらに、物語そのものも医師として大切なものはなにかというストレートなテーマを真っ正面から描ききった、美しい物語です。
医者だって人間ですから、上を目指したい、出世したい、という欲がない訳ではありません。
そもそも、自分が技術を高めなければ医師として医師の本分であるはずの患者を救うことだって出来ないのです。
とはいえ、その技術の高め方の方向性も一つではないはずで、そこをどうやって折り合いを付けていくのか…。
そのうえで、本当に大切なものがなにかに気付いていく物語は、本当に心が洗われるような美しさです。
医師を目指している、という若い方にも是非オススメしたい一冊ですね。


という訳で、アザラシ的にはかなりオススメな一冊です。
が、単純にアザラシの感想だけを垂れ流しても、これから読みたいという方のお役に立てないでしょうから、ちょっとだけ知っておくと本作をさらに楽しめる(かもしれない)予備知識的なものをご紹介することにします。
…作中でも解説されているので、そんなにもったいぶることでもありませんが。



そもそも、医師になるにはどうすれば良いのでしょう?
大学の医学部を卒業して、医師国家試験に受かれば医師を名乗ることが出来ます。
では、内科医、外科医、産婦人科医、小児科医、というような専門はいつ決まるのでしょう?
少なくとも2018年現在、医師が自分の専門科を決めるのは大学卒業後の2年間を研修医として過ごした後、ということになっています。


研修医として仕事をする医師は、1カ月〜数ヶ月単位で様々な診療科、例えば循環器内科や消化器外科、麻酔科など、をローテートして、医師としての色々な仕事を経験しつつ、実臨床の場で研修をすることになります。
本作の舞台になっているような大学病院には多数の診療科があるので、研修医は豊富な診療科の中から、自分が興味を持っている診療科を中心にローテートしつつ、自分が生涯を通じて専門であると名乗る診療科を自分で選んでいくことになるのです。

この「自分で選ぶ」というのが本作を読む上でも非常に重要なポイントなのです。

当然ですが、研修医にも色々な研修医がいます。
それぞれの研修医がどんな医師になりたいのか、というのも様々です。
ある研修医はバリバリと手術を上手にこなす医師になりたいと思っているかもしれませんし、ある研修医は医学における学究的側面に惹かれているかもしれませんし、またある研修医はその個人的経験から目標とする医師像を持っているかもしれません。
そんな研修医達はそれぞれが目指す目標に対して、それぞれの診療科がふさわしい場なのかを冷静な目で吟味しつつ、最終的に自分自身が所属する診療科を選択するのです。
当然、魅力的でない診療科には研修医が集まらず、結果的にその診療科は疲弊し、衰退していくことになるのです。


だからこそ、本作において主人公が任された、3人の研修医を同時に指導して勧誘する、というミッションは重大なのです。
指導する側であると同時に、魅力を伝えて選択される側でもある主人公は、研修医達の個別のニーズに合わせた指導をする必要があります。
が、同時に指導している以上、それぞれの研修医ごとに態度を変えるわけにもいかず、かといって画一的な指導をしても響かず…、当然そんな指導しかしてくれない診療科に研修医は魅力を感じません。
自分自身も医師としての仕事をこなしながら、研修医達の個別のニーズに細やかに応えなければならないのです。
こんな無理難題を押し付けられた主人公の心労たるや、想像するだけで胃が痛くなってしまいますね。


まぁ、本来であればそんな後進の指導や次世代の人材確保は組織で取り組むべき課題であるはずなのですが…。
にもかかわらず本作にあるように個人に押し付けられてしまいがちなのもリアルな医局制度の課題の一つです。
無理難題を押し付けられた主人公が最終的にたどり着いた医師として伝えなければならないこととは何なのか、そしてそれを見た研修医達は何を思うのか、困難だと知った上だからこそなおさら心を震わせる物語を是非味わってください。

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コメント

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No title

知念実希人さんは存じ上げませんでした。
お医者様なのですね~
ふつうだと知ることが出来ない世界を覗けるのは
本の面白さですよね。
予備知識的なもの、役に立ちそうです(笑)
だんなさんの学生時代の友達は医者になるといって医学部に入り直したのですが、その後どうなったのかな・・・ちゃんとお医者さんになれたのかしら。。。と、ふと気になりました(笑)

七迦寧巴さん

知念先生は、自分も本作がはじめてでした。
『崩れる脳を抱きしめて』も気になっているので、いつか読んでみようと思っています。
予備知識的なもの、お役に立てば幸いです。

他の大学を卒業して医学部に入り直す、という方は志が高い気がします。
立派なお医者さんになっているのでしょうね。